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Le blog de kyukko
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pensee
23 juin 2012

Mon pere (1 )

Dans le facile texte que je lis maintenant au cours de francais, le mot " ouvrier " y est vu. Mon pere etait l'employe. Pourtant il aimait se passer ensemble avec des ouvriers ou des chomeurs. Il aimait vivre ailleurs que des quartiers residentiels ou...
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23 juin 2010

Yokohama Santa project 2010

Yokohama Santa project 2010
Google alert m' informe sur le projet de Yokohama Santa 2010. Ce dit que les bonne volontés de Père Noël viennent chez l'infirme, l'orphelin, les vieillards solitaires et les amusent dans la ville d' Yokohama en le 9 décembre 2010. C' est dure de participer...
16 juin 2010

Pour donner un solo récital

J' ai décliné l' invitation sur le récital de piano jouée par une jeune pianiste. Elle s'entraînait le piano au conservatoire domestique et étranger. Elle a gagné le petit concours de piano au Russe. Dans son récital, elle y joue le piano ni seulement...
31 mai 2010

(仮) 瞼の裏の情景 その10

人の記憶はよくも悪くもすばらしい。新しい町並みになれば、昔ここに何が建っていたのかなど すぐに忘れてしまう。 700キロ離れた地に転居した元同級生は後に奇跡的にわたしの目の前にもう一度あらわれたのは わたしが23歳のときだった。2人が真っ先に向かったのは、原点の田奈中だった。正門前にしばしたたずんだ。 そのときは、校舎はすでに改築済みで、2人が学んだ木造校舎は跡形もなかった。現在の校舎の中には2人が 机を並べた校舎も残っているには残っているのだが、どうも何かが違う。20歳のときに掘り返そうと約束をして...
31 mai 2010

(仮)瞼の裏の情景 その9

わたしの言う長津田の範囲とは、どこら辺りを指すのだろうか? けっきょく生育暦に照らすと、県公社・長津田団地~おのたち~長津田小学校、 そして田奈中学校までの通学路、および通勤通学で利用した長津田団地~長津田駅北口、 そして買い物と塾通いで行ったサンコー(現 マルエツ)付近までを指すのだなと今回感じた。 同じ町内でありながら、長津田小学校からつくし野方面へ向かう街区や、長津田小学校の分校の あったR246付近や、いぶき野も玄海田も、サンコー(マルエツ)よりも成瀬寄りも、南口界隈全般 は、住んでいた当時から異郷に近い感覚だ。「変わった!」という実感は伴うが、北口界隈の変化...
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31 mai 2010

(仮)瞼の裏の情景 その8

パソコンができて以降、自分を含め本来ならば情報を発信できる立場に成り得なかった人たちも ホームページやら、ブログやら、ツイッターやらで今は気軽に発信できるようになった。 表参道に 行く前、偶然埼玉に住む人が、団地を撮影しては自身のブログで更新しているのをみつけた。 その中に、長津田町内の団地も紹介されており、かつての住まいのあった県公社・長津田団地が 今も当時と同じままであることは知っていた。しかし、この眼で実際に確認してみたくなった。 住所は長津田1丁目22番地だが、最寄駅は田奈駅だ。田園都市線のガードをくぐり、急坂を上りきると、...
31 mai 2010

(仮)瞼の裏の情景 その7

約四半世紀ぶりに半蔵門線~田園都市線に乗ると、各駅の思い出が走馬灯のように よみがえり、ゆったりとした車内は読書タイムに最適で、せっかく家の近くの公立図書館で 借りている本を開こうと、かばんに忍ばせてきたものの、流れる車窓と思い出が交錯して 半ページも読み進まない。そうこうするうちに電車は田奈に到着した。表参道では長津田まで 切符を買ったのだが、高校通学のときは朝は主に田奈駅を利用していたので、おもいきって 田奈で下車してみることにした。駅の構成は当時も今もほとんど変わらない。乗降客の少ない のも同じだ。当時の田奈駅で目立った看板は「梅津産婦人科」だか「梅田産婦人科」だか...
31 mai 2010

(仮)瞼の裏の情景 その6

青葉台にはあとひとつ忘れらない思い出がある。 青葉台 → それは、わたしが短大に入学してすぐのことだった。高1からわたしは自発的に青葉台にある 青少年センターの自習室にしばしば出かけた。団地暮らしで自室と呼べるほどのスペースもなく 勉強をしていても、その様子をいつも背後から母親に見られているのが、なんとなく苦痛だったのに加え センターに定期的に通いたくなる理由が、もうひとつできたからだ。それはセンターからの帰路、青葉台から 徒歩で田奈へ向かい、最終的に自宅に戻ることだった。青葉台から田奈へ町名が変わる付近は、ちょっとした...
31 mai 2010

(仮) 瞼の裏の情景 その5

市ヶ尾・藤が丘間 → 現在の東名・横浜青葉ICは長らく手付かずの場所だった。 あの東急をもってしても 土地を買い占めることはできなかった。そのため上りの電車の車窓からは、藤が丘を すぎて市ヶ尾に向かうとき、横浜青葉IC付近は緩やかにカーブをし、車体がやや傾くのだが、 眼前には畑しかないので、遠く川和高校は見えずとも、高校の方面がよく見渡せた。 そこは、高校に通学する当時の屈折した心に、いつも後悔と落胆の念を生ませる場所だった。 ア・テストの点数が足りず、憧れの川和高校に進学が無理といわれ、市ヶ尾高校を検討するよう...
29 mai 2010

(仮)瞼の裏の情景 その4

田園都市線の名の由来は、イギリスの田園都市構想から来ているという。 そのせいか、かつての農村から土地を買い上げ、原野に整地して寝かせて 時期が来ると、宅地分譲されて、この界隈の町は発展してきた。 子どもの頃は、駅舎こそ立派であれ、駅前からして閑散としていた沿線の駅も 多かった。あとは家が建つのを待つばかりとなった状態のひな壇状の乾いた土色(1)と、 コンクリートで固められた側面壁の灰色(2)と、そんな過酷な中ですら生えてくる 草花類の緑色(3)の三色が目立っていた。 この田園都市線沿線の現況の町並みをみると、その田園都市構想どおりに着実に...
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  • Bonjour à tous. Je m'appel KYUKKO. J'habite à la ville de Minamiasigara au banlieu de Métropolitan de Tokyo, JAPON. Je vais vous écrire l'information touristique de ma ville, MINAMIASHIGARA et ma vie quotidienne. Allons -lire !
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